
「風のつぶやき」は、河原成美がお届けするコラムです。

こんにちは、河原です。皆さん、お元気ですか? すっかり仕事にも慣れ、気を抜いて緊張感が消えかかっていませんか?「油断は大敵ですぞ!」とか言いながら、ホントは僕自身が油断をしてた、今日はそのことについてお話します。
僕の親父は東京・墨田区に生まれ、「池波正太郎」とは年代も故郷も近いからという理由で彼の小説をよく読んでいました。僕は親父の影響で、若い頃から「山本周五郎」と共に「池波正太郎」をよく読んでいます。
「鬼平犯科帳」「剣客商売」「男の作法」‥‥池波正太郎からは男のダンディズムを、「さぶ」「ながい坂」「雨あがる」‥‥山本周五郎からは時代小説に生きる心意気のようなものを学びました。
さて、ここからが本題です。僕は時々、テレビや新聞、雑誌などの取材を受けることがあります。「一風堂の創業者」「力の源カンパニーの社長」「上海にラーメン店を出したラーメン店主」、いくつかの切り口で取り上げていただきます。つい先日も某新聞に、上海と一風堂大名本店のことをテーマにした河原成美の紹介と、麺あげをするシーンの写真を掲載していただきました。
それを見て、僕はがっくりしました。何とも緊張感のない顔をして、まるで「うらなりひょうたん」みたいではありませんか。目力がなく、口元に締まりがない。のほほんとした左手、伸びた髪、疲れきった表情‥‥。
「いつも『勇気・元気・活気』なんて言っている河原が、なんでこんな顔で載るの?」と憂鬱な気分に陥り、閉口した僕。新聞記事を見てもらいながら、そのことを普段から信頼している下関の鍼灸の先生のところで話すと、崎山義一先生(力の源通信Vol.42「職人のこころ」に掲載)は、「この顔は油断をした顔だ」と一言。
「あぁ、そうだ」と、はたと気付いた僕。いつもキリッとして人前で気を張っているつもりでいたけど、いつの間にか忙しさや思い通りにならないことに潰されそうになっていたんだな、と。苛立ちは自分への甘えとなって、僕の全身をおおっていたのです。そのことに自分では気付いていなかった。気のゆるみが一枚の写真となって、「河原、背筋を伸ばせよ」と教えてくれたようです。
「常に原点を忘れない」と日頃から心がけているつもりでも、その傍らに「きつい」「しんどい」という気持ちが充満していたら「油断」という隙間が生まれてくる。正に山本周五郎の「ゆだん大敵」です。
きつい時、つらい時、弱音を吐きそうになる時、そういう時こそ腹の下に力を入れて、その場を乗り切らなくてはいけません。「場が悪い」「間が悪い」と言っているようではまだまだ。分が悪くても「やっぱ、てめぇが悪い」と腹をくくって、自分に負荷をかけないと抜け出すことはできんさ。そんなことを思った河原でした。
そう言えば、1994年に『新横浜ラーメン博物館』に出店した当初、当時の店長・中坪正勝君と「きつい時こそ気を抜くと失敗につながるから、麺あげ釜の上に『油断大敵』と書いて貼っておこうか」と話したことがあります。結局、釜の上に貼ることはしなかったけど、心のどこかに貼って、弱っている時ほど見なくてはいけない言葉のようです。
油断は自分の心の隙間に発生する。スランプを抜け出すには、油断して気を抜いてしまっている自分に気付くこと。「油断」は大敵なんじゃ、という話でした。
*山本周五郎の短編小説『ゆだん大敵(原題:油断大敵)』は、1945年2月に発売された「講談雑誌」に掲載されました。現在は新潮社から発売されている『四日のあやめ』(700円)に収録されています。あらすじ:老田久之助は国許で三留流の刀法を伝授され弟子を取ったが、変わった修業で弟子の不満を買う。久之助の剣の道を書いた時代小説。
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