
「風のつぶやき」は、河原成美がお届けするコラムです。

こんにちは。上海で暮らし始めた河原です。ご存知ですか?上海と福岡って意外と近いんですよ。飛行機で一時間半しかかからないし、搭乗時間は福岡から東京へ行くのと変わらないんです。税関を通る分、荷物検査が面倒になったくらいかな(笑)。宇都宮に暮らす人が東京に通勤するくらいの感覚で、上海と日本を行き来しようと思っています。だから、これからも変わらぬご交誼をお願いしますね。
さて、今回は上海で気づいたことについて書かせていただきます。それは「練り込み」について。例えば陶芸は土さがしから始めますよね。陶芸についてはまったくの素人ですが、どこそこの土を使うとこんな焼き色になる、こっちの土のほうが強度がある、この土とこの土を混ぜると、こんな風合いになる、などありますよね。用意した粘土を練り、形をつくって一定期間乾燥させてから焼くそうです。窯に器やお皿などを並べ入れ、最初は700〜800℃で素焼きをし、釉薬をかけた後に再び窯に入れ本焼き。1,200〜1,300℃になるまで徐々に温度を上げ、長時間かけて焼き上げる際に、粘土のこね方が浅いと器は割れてしまうそうです。練りが足りないと土の固さが不均等で均一な厚さにならなかったり、土の中に気泡が残り、熱で膨張して割れたり‥‥。逆に練り過ぎると今度は、手の温度で土が乾燥してしまうらしいです。「練りは100〜300回くらいの間で加減して、まぁ、200回前後がちょうどいいんじゃないかな」とお聞きしました。そんな話が元になって「陶芸は土づくり、すなわち練り込みにある」という言葉が脳裏に焼き付いていたのでした。
卑近な話で恐縮ですが、麺にも「練り込み」ってあるんですよ。水の加減をしながら粉をこねていく「水回し」では、天候によって水量を加減するし、圧延をかける力加減も変わってきます。これも、練りが浅いとボソボソした麺になるし、寝かせ具合で食感が変わってきたりするんですね。練り込んだ土と練っていない土、練り込んだ麺と浅くしか練っていない麺、見ただけでその違いがわかるようになるには、見る側にも経験が必要です。素人が見る分には何ら変わり映えしないのです。それが、いざ窯で焼いたり、麺あげをして口に運んだりしたときに、同じ材料を使っているにも関わらず、練ったものと練り込みの浅いものではまったく別物になってしまうんです。
それは、人間にも当てはまるように思います。何かについて熟考した人と何も意識していない人、技術を磨くために経験を積んだ人と、机上の空論だけで現場での実践経験がない人、人に揉まれて成長した人と温かい庇護のもとに生活した人、いろんな場面が浮かんできます。つらい時期を耐え、しっかりと練り込んで力をつける。人格形成も基本は練り込みにあるのではないでしょうか。
僕はいま、言葉の通じない国で、通訳を介して身ぶり手ぶりで、中国の人たちに飲食業に携わる者の心遣いを伝えています。すると、わからないなりに現地の人たちは一所懸命に僕の話に耳を傾け、理解しようと努めてくれます。彼等と直に対面対話することで、何分の1mmずつでも、日々おいしく育っていっているように思うんです。陶芸家が粘土をこねるように、麺職人が麺をこねるように、僕は中国の人たちにもてなしの心を伝えています。
粘土に麺に人に、込めるのはやっぱり相手を思う真心。そこに「ありがとう」の気持ちが加われば、出来上がりは自ずと変わってくるように思います。人生には「練り込み」が大切。自分の宝をしっかり練り込んでいってください。
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